クオーク株式会社代表の前川です。
最近、つくづく思うことがあるんです。「LMS(学習管理システム)って、世間的には『簡単に作れるツール』だと思われているんじゃないか?」と。
確かに、ユーザとして受講画面を見るだけならシンプルです 動画のサムネイルが並んでいて、クリックすれば再生が始まり、最後まで見れば「完了」のマークがつく。YouTubeなどの動画サイトが日常に溶け込んでいる現代において、その程度の機能なら「今の時代、ノーコードツールを使えば3日でできるよ」なんて言う人がいても不思議ではありません。
しかし、実際にLMSを作り、運用し、お客様のビジネスを支える立場の人間として、断言させてください。LMSは、一般のWebサービスと比較しても、トップクラスに開発難易度が高いシステムです。
「動画を置くだけ」のシステムが、なぜそこまで難しいのか?その答えを一言で表現するなら、LMSの実態が、「Netflix(動画)× Google Classroom(教室)× CBT(試験)× CMS(コンテンツ作成)× HRシステム(人事)× CRM(顧客管理)」 これらすべてをひとつのサービスに統合し、矛盾なく動かさなければならない巨大な複合体だからです。
今回は、なぜLMS開発がこれほどまでに「泥沼化」しやすいのか。エンジニアが直面している開発の裏側と、それでも私たちがこの複雑なシステムを作り込み続ける理由について、9つの視点から言語化してみたいと思います。
1. ひとつに見えて、実は「複数システムの巨大複合体」
まず、LMSの難しさの根源は、求められる機能の「幅」と、それらの「密結合」にあります。
「学習」と一口に言っても、その手法は組織によって千差万別です。「動画を中心に見せたい」「テストで合否を厳密に分けたい」「レポート提出と講師の採点が必要」「Zoomでオンライン研修を行い、その出欠を取りたい」。 これらをワンストップで提供するために、LMS内部には本来なら別製品として成立するレベルの機能が詰め込まれています。
- 動画配信基盤
- CBT(Computer Based Testing)試験システム
- CRMに近いユーザ・権限管理
- ドキュメント管理・課題提出システム
- 教材作成のCMS
- 人事システム・タレントマネジメントシステム等とのデータ連係
- 決済・サブスク管理
- ZoomやTeams等のWeb会議システムとの連携
- 自動メール配信
- スキル可視化……
これらが単に「ある」だけでなく、「すべて連動して動く」必要があります。「動画を半分見たらテストが解放され、合格したら決済情報のステータスが変わり、ZoomのURLがメールで飛び、その参加履歴が人事評価スキルマップに反映される」。この複雑なピタゴラスイッチのような依存関係を設計し、一つも狂わせずに維持し続けることが、開発の難易度を跳ね上げています。
2. 異常なレベルの「証跡管理」と「完了定義」
一般的なWebサイトや動画サイトなら、ページを開いて再生すれば「閲覧済み」です。しかしLMSにおいて、ログは単なるアクセス解析ではなく、「法的な証拠(エビデンス)」としての性質を持ちます。
特に、弊社のユーザの多い「資格試験」や「助成金研修」「医療・介護等の法定研修」といった領域では、ログの曖昧さは一切許されません。監査が入った際、システムログがそのまま提出書類になるからです。
- 動画の再生位置はどこか(29分59秒で閉じていないか?)
- 再生速度は正常か(早送りやスキップをしていないか?)
- テストの回答時間は何秒か?(1問1秒で解いていないか?)
- 別タブを開いて放置していないか?
これらを数千、数万人規模で「リアルタイム」かつ「秒単位」で記録し続ける必要があります。「通信エラーでログが飛びました」「キャッシュが効いていて記録されませんでした」という言い訳は、助成金の不支給や監査での指摘=お客様の損害に直結します。そのため、LMSのデータベースは、金融システム並みの(とまでは言いませんが)堅牢なトランザクション管理と、不正を検知・排除する厳格なロジックで守られているのです。
3. 最大の難敵:「組織図」と「4月1日の悪夢」
企業研修で使う以上、避けて通れないのが「組織構造」という魔物です。従業員名簿をそのままインポートすれば良いわけではありません。日本企業の組織図は、システムにとってあまりに複雑だからです。
- 兼務と出向: Aさんは営業部の課長だが、Xプロジェクトのメンバーも兼務し、関連会社に出向扱いになっている。この場合、Aさんはどの教材を受講するべきか? Aさんの上司は誰か?
- 権限の継承: B部長は部下の進捗を見られるが、部下の部下のテスト点数は見せたくない(あるいは見せたい)。
- エリア別管理: C支店とD支店では、同じ「新人研修」でも合格基準が違う。
こうしたマトリクス組織への対応に加え、日本企業には「4月1日の人事異動」があります。 全社員の所属が一斉に変わったとき、過去の学習履歴はどうなるのか?「前の部署で受けた研修履歴」は新しい上司が見られるべきなのか?退職者のデータはいつまで保持するのか?
また、AさんがA部署にいるときに作成した研修は、B部署に異動した後は編集できなくしたい、新しくA部署に異動してきたBさんは、過去にAさんが作成した研修を編集できるようにしたい、という、編集権限の話もあります。
LMSは「学習システム」であると同時に、高度な「人事データベース(HRIS)」としての振る舞いと「CMS(Content Management System)としての役割を求められます。ここを甘く見て「ユーザIDとパスワードがあればいいでしょ」と開発を始めると、最初の組織変更のタイミングでデータ整合性が崩壊し、システムは破綻します。
4. 自らへのDDoS攻撃? 「高負荷」との戦い
システム的な観点で、LMSが他のWebシステムと決定的に違う点があります。それは、「重い動画を配信(ダウンロード)しながら、同時に裏側でログを記録(アップロード)し続ける」という特殊な通信挙動です。
さらにLMSには、「締切直前のスパイク(アクセス集中)」という宿命があります。「今月末までに全社員がコンプライアンス研修を完了すること」「試験は本日10時一斉開始」といった業務指示が出た場合、特定の時間にアクセスが殺到します。
数千人が一斉に動画を再生し、同時に毎秒の進捗ログ(ハートビート)をDBに書き込み、同時にテストの採点リクエストを送ってくる。これはもう、サーバに対するDDoS攻撃を受けているのとほぼ同じ状態です。
一般的なWebサイトならCDN(キャッシュ)で負荷を逃がせますが、LMSのログは個人ごとの動的データであるため、キャッシュが効きづらいという難点もあります。ECサイトなら「ただいま混み合っています」で済みますが、LMSでは研修が受けられない=「業務命令違反」「資格試験失格」になるため、ダウンは許されません。この「瞬間最大風速」に耐えうるインフラ設計こそが、LMSベンダーの腕の見せ所なのです。
5. 外部システムとの連携が多く、相手に左右されやすい
LMSは単独では存在できません。企業のITエコシステムの「中心」に置かれるため、周囲のあらゆるシステムと繋がる必要があります。
- SSO(シングルサインオン):Google Workspace, Azure AD, Oktaなど、企業ごとの認証基盤との接続。
- 人事システム:CompanyやSmartHR、SuccessFactorsなどからの社員情報・組織情報の同期。
- タレントマネジメントシステム:受講履歴データの同期
- Web会議ツール:Zoom, TeamsとのAPI連携。
- Slack/Teams通知:学習リマインドのプッシュ通知。
ここで問題になるのが、「相手(外部システム)の都合で仕様が変わる」ことです。「ZoomのAPI仕様が変わって連携が動かなくなった」「ブラウザのセキュリティ更新でCookieの挙動が変わった」。 LMS自体は正常でも、繋がっている先が変われば学習全体が止まります。こういうことが毎年何回か起こります...この「連携前提」の設計が、開発と保守の難易度を一気に引き上げています。
6. 「誰でも迷わず使えるUI」を提供する難しさ
LMSの利用者は非常に幅広く、ITリテラシーもバラバラです。 新入社員からベテラン役員、工場の現場スタッフ、外国時なるバイトスタッフ、あるいは社外のパートナー企業の方まで。
- 受講者: 「とにかく迷わず再生したい」「スマホでサクッと終わらせたい」
- 管理者: 「細かい条件で絞り込みたい」「CSVで一括処理したい」「権限を細かく設定したい」
「受講者には極限までシンプルに」見せつつ、「管理者には超高機能なコックピット」を提供する。この相反するUI要件を一つのシステム内で両立させなければなりません。大企業ほど「管理者機能の充実」を求められますが、機能を増やせば増やすほどUIは複雑化します。このUXデザインのバランス調整には終わりがなく、常に改善を求められる終わりのない旅のようなものです。
7. 教育トレンドと法改正のスピード感
LMSは一度作れば終わりのシステムではありません。外部環境の変化によって、要件が猛スピードで変わっていきます。
- 「ハラスメント防止法の改正で、全社員への周知徹底が義務化された」
- 「Pマーク更新のために、特定の手順でのテスト実施が必要になった」
- 「リモートワーク定着で、集合研修をすべてオンラインに切り替えたい」
教育や法律のトレンドは、他の業界と比べても変化が速く、しかも「待ったなし」でやってきます。「来月から法律が変わるので、システムの仕様を変えてください」というオーダーに対し、柔軟に対応できるアーキテクチャ(設計)にしておかなければ、システムはすぐに陳腐化し、使い物にならなくなってしまいます。
8. セキュリティ要件は「機密情報の塊」
セキュリティの話も欠かせません。「たかが学習履歴」と思われるかもしれませんが、企業向けLMSに蓄積されるデータは、極めてセンシティブな「機微情報」です。
- 受講履歴・テスト結果 = 「人事評価・昇進に関わる情報」
- 動画教材・試験問題 = 「企業の独自のノウハウ・知的財産」
「誰がハラスメント防止テストに落ちたか」「誰がメンタルヘルス研修を何度も受けているか」。これらは絶対に漏洩してはならないプライバシー情報です。そのため、一般的なWebシステムよりも遥かに厳格なアクセス制御(ACL)、IPアドレス制限、操作ログの保全が求められます。
「機能がある」ことと、「安全に運用できる」ことの間には、大きな隔たりがあります。特にセキュリティ設計だけで、全工数の3~4割近くを持っていかれることも珍しくありません。
9. LMSと同じ難易度帯のシステムは意外と少ない
ここまで挙げてきた要素を並べてみると、LMSと比較できるシステムは意外と少ないことに気づきます。
- 人事システム(HRM/HRIS)
- 医療系システム(電子カルテなど)
- 金融系基幹システム
- 大規模ECプラットフォーム
- 大規模CRM
これらに共通するのは、「多機能 × 多ロール(役割) × 高負荷 × 証跡管理 × セキュリティ × 外部連携」という構造です。LMSは、まさにこのカテゴリーに属する「業務基幹システム」と言っても過言ではないと思います。
まとめ:LMSは「教育版の基幹システム」。だから難しく、だから価値がある
長々と書いてしまいましたが、私がお伝えしたいのは「LMS開発を甘く見ないで」と偉そうにしたいわけでも、「バグを大目に見てほしい」と泣きを入れたいわけでもありません。 「シンプルに見える画面の裏側には、ビジネスと信頼を守るための膨大な配慮が埋まっている」ということを知っていただきたいなということです。
簡単に作れるツールや、安価なプラグインも世の中にはたくさんあります。スモールスタートにはそれで十分な場合もあるでしょう。しかし、もし皆様が「社員の成長を本気で管理したい」「講座販売を事業の柱にしたい」「助成金を確実に受給したい」とお考えなら、「見た目の機能」だけでなく、「裏側の堅牢性」にも目を向けてみてください。
LMSの開発は、家を建てることに似ています。見た目がおしゃれな家も素敵ですが、地盤調査(ログ設計)がしっかりしていなければ、地震(アクセス集中)で倒壊しますし、鍵(セキュリティ)が甘ければ泥棒に入られます。
私たちクオーク株式会社が提供する「Qualif(クオリフ)」は、こうした数々の「泥沼」を経験し、技術的課題を乗り越えてきたメンバーで開発をしています。単なる動画置き場ではなく、お客様の「ビジネス(販売)」と「信頼(コンプライアンス)」を守るための基盤・プラットフォームになることを目指しています。
「動画を置くだけでしょ?」そう思っていた時期が、私にもありました(笑)。
そんなLMSの奥深い世界について、もし興味を持っていただけたら、ぜひ一度「Qualif」にお問い合わせください。「本物のLMS」の世界をご案内します。
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