「eラーニングコンテンツは、自社のLMSに合わせて作らないといけない の?」
「もし他のLMSに移行したら、また全部作り直しになり大変では…?」
eラーニングの運用において、このようなお悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか?
昨今、eラーニングの普及に伴い、数多くのベンダーが制作した多様な学習コンテンツや、自社で内製したeラーニング教材が利用されるようになりました。また、LMS(Learning Management System:学習管理システム)にも、国内外のベンダーにより多くの製品・サービスが提供されています。
これらのコンテンツは、どのLMS上でも利用できるのでしょうか。この疑問に密接に関係してくるのが、SCORM(スコーム)というeラーニングの国際的な標準規格です。本記事では、SCORMとは何か、どのように利用するのがよいのか、そして今後の展望までわかりやすく解説していきます。
LMS(Learning Management System、学習管理システム)について、詳しくはこちら!

LMS(Learning Management System:学習管理システム)とは~基本から応用まで、その機能と活用を知る~
本記事でLMSの基本機能、応用機能について理解することで、LMSをより使いこなすことができます。
SCORMとは?その基本を解説
SCORM(Sharable Content Object Reference Model:スコーム)とは、LMSとeラーニングコンテンツとの間でeラーニング受講の進捗状況のデータ(学習のステータス、確認テストの得点、アンケートの回答内容など)を正確にやりとりする方法を取り決めた国際的な標準規格です。
SCORMは、2000年にアメリカ国防総省が設立した「ADLイニシアティブ(Advanced Distributed Learning Initiative)」によって策定されました。SCORMに準拠することで、異なるLMS間でも同じeラーニングコンテンツを動作させることができるというメリットがあります。
例えば、ある企業が作ったeラーニングコンテンツを異なるLMS上でも利用できれば、コスト削減や、教育の品質向上にもつながります。SCORMはこのような「共通のルール」を定め、eラーニングコンテンツの再利用を可能にしています。
なお、日本国内では、特定非営利活動法人デジタルラーニング・コンソーシアム(DLC)が、SCORMの普及を推進しています。
SCORMが作られた背景
SCORMは、受講履歴のデータ項目の定義を行い、それらのデータをLMSとコンテンツとの間でやりとりするための技術的な仕様を定めています。例えば、eラーニング教材の受講状況のステータスとしては、
・未受講(Not Attempted)
・受講中(Incomplete)
・受講完了(Completed)
というステータスを用意し、確認テストの場合は、
・合格(Passed)
・不合格(Failed)
というステータスを用意する、といったことなどが取り決められています。
これはつまり裏を返すと、SCORMの登場以前は、LMSごとに「eラーニングの受講履歴」というものの定義自体が異なっていたり、データをやり取りする方法が異なっていたため、eラーニングコンテンツを作る時にはコンテンツを載せるLMSの仕様に合わせて作りこむ必要があり、また、作ったコンテンツを別のLMSに載せるには修正が必要となるため、非常にコストが掛かっていました。

前述のSCORMの開発母体である「ADLイニシアティブ」によると、SCORMは「eラーニングコンテンツの互換性、再利用性、生産性の向上」を目的として設計されました。特に、米軍のように大量かつ多拠点で教育を行う組織にとって、統一されたコンテンツ管理の仕組みが必要でした。SCORMは、もともとアメリカ国防総省が「兵士に一貫した教育を提供するため」に作った規格がeラーニングの普及とともに一般企業にも広まったと言えるでしょう。
SCORM規格を利用する4つのメリット
再利用性(Reusability)
一度製作したコンテンツを、他のLMS(学習管理システム)上でも利用できること。
たとえば、ある企業が「情報セキュリティ研修」のeラーニング教材を作成したとします。この教材を、別のLMSを利用している子会社でも使いたい場合、LMSとコンテンツの両方がSCORMに準拠していれば、コンテンツに手を入れることなく、そのまま違うLMSにアップロードして学習を行うことができます。これにより、時間とコストの大幅な削減につながります。
アクセス可能性(Accessibility)
必要な時に、必要な人が、必要なコンテンツを検索して探し、アクセスできる仕組みが整っていること。
SCORMによってeラーニング教材の型が規定され、どのようにLMSに載せるのかが決まっているため、受講者はどのLMSを使っていても迷うことなく自分にとって必要な学習コンテンツにたどり着くことができます。
耐用性(Durability)
LMSがバージョンアップしたり、新しい機能が追加されたりしても、コンテンツを作り直すことなく使い続けられること。
たとえば、LMSをアップグレードした際、古い形式のコンテンツが使えなくなると、再作成の手間やコストがかかります。しかし、SCORM準拠の教材であれば、LMSの機能が更新されてもそのまま使用できる可能性が高く、追加コストの発生を回避できるでしょう。
相互運用性(Interoperability)
異なるLMS上でも、コンテンツが同じように動作し、学習履歴やスコアの記録も一貫して行えること。
たとえば、 A社とB社で異なるLMSを使っていても、SCORM準拠の教材であればどちらのLMSに載せても正常に動作し、「誰が」「いつ」「どこまで学習したか」「テスト結果はどうだったか」といった情報も、同じように記録・管理できます。コンテンツとLMSの相性を心配せずに導入できます。
また、自社で使っていたLMSが古くなって他社の製品に乗り換えることになった場合でも、SCORM対応のLMSであればこれまでに作りためてきたSCORM対応コンテンツがそのまま使えるので、過去の資産を無駄にすることがありません。
SCORMのバージョンと日本での普及状況
SCORMには、以下の3つのバージョンがあります。
- SCORM 1.1(初期仕様)
- SCORM 1.2(現在の主流)
- SCORM 2004(より高度な制御が可能)
日本国内ではこれらのSCORMの3つのバージョンのうち、SCORM 1.2が最も広く使用されており、SCORM 2004の利用は限定的です。 SCORM2004が出た当時、日本語環境で利用できるSCORM2004対応のコンテンツ作成ツールがほとんどなかったことと、SCORM1.2対応として作ったコンテンツをお金と手間を掛けてSCORM2004対応に作り替えるほどのメリットを訴求できなかったことから、SCORM2004は日本国内においてはほとんど普及しませんでした。
その後、SCORM2004対応のeラーニングコンテンツ作成ツールは増えましたが、日本のベンダーのLMSでSCORM2004に対応した製品はあまり登場せず、結果的に今でもSCORM1.2の方が利用されています。
なぜ令和の今でもSCORM 1.2が主流なのか?
SCORM 1.2は「学習管理に必要な基本的な機能」が安定して使えることから、現在でも多くの教育機関や企業で採用されています。 一方で、SCORM 2004はより柔軟で複雑で高度な学習設計が可能ですが、その分コンテンツの作成方法が難しくなってしまうというデメリットがあります。
例えば、SCORM2004から追加された代表的な機能に「シーケンシング」という、学習の順序をコントロールできる機能があります。このシーケンシングを使うと、
・学習教材の途中に確認テストを挟み、
・そのテストの結果に応じて次に学習する教材を動的に変化させる
といったことが実現できるものですが、学習する教材を動的に変化させるためにはそれだけ分岐した教材を数多く作って準備しておく必要があり、教材作成の手間が大幅に増えることになります。
多くの企業においては、そこまで複雑な学習を行うニーズがなく、SCORM1.2で実現できる学習スタイルで必要十分であったことが、SCORM2004が普及しなかった一番の理由と言えるでしょう。
なぜ標準規格は使われなくなってきているのか / インタラクティブなコンテンツには標準規格準拠が効果的
SCORM1.2と2004を比較するとSCORM1.2がまだ主流であると書きましたが、実際のところは、最近はSCORM自体を使わないコンテンツの方が圧倒的に多くなってきています。
これは、最近のeラーニングコンテンツが、動画を見るだけの非常にシンプルなものが中心になってきているためです。つまり、シーケンシングまでできるSCORM2004どころか、SCORM1.2すらも必要としない、動画を前から順番に見るだけの研修が現在の主流になっているわけです。YouTubeなどで教育系の動画を見ることに慣れた影響も大きいと思います。
一方で動画では実現が難しい学習コンテンツの形態というものもあります。動画などを単に視聴するだけではなく、受講者側に何らかのアクションをさせるインタラクティブな要素を盛り込んだコンテンツです。
例えば、「問題に正解しないと次に進めない」「受講者の選択によってストーリーが変化する」「一定の操作をした後で動画が再生される」などの機能を持っているコンテンツの場合です。
このような仕組みは、動画ファイル(mp4ファイル)だけでは実現が難しく、HTMLやJavaScriptなどを使って「受講者の操作に応じて動作するコンテンツ」として作り込みを行って開発する必要があります。こうした動的でかつ作り込みがされているコンテンツの受講履歴をLMSに記録するためには、SCORMのような標準規格に準拠しておかないと、LMSごとに動作が異なったり、互換性の問題が発生したりする恐れがあります。
さらに理解を深めるための参考情報はこちら!
「eラーニングコンテンツ内製化」徹底解説シリーズ ①/5 ~社内ですぐに始められる失敗しない段取りとは?~ – Qualif eラーニングラボ
今後の展望と実務上の注意点
eラーニングの25年の歴史を振り返ってみると、見るだけのコンテンツとインタラクティブなコンテンツは交互に流行する時期がありました。非常に大雑把に言うと、最初の10年は見るだけのコンテンツ、次の10年はインタラクティブなコンテンツ、そして直近の5年は見るだけの動画コンテンツが主流になっています。
この先の未来を予言するのは難しいですが、次にインタラクティブなコンテンツが主流になるとすると、3DコンテンツやVRコンテンツが一般化するときでしょう。VRコンテンツではバーチャル空間の中で受講者がいろいろなアクションを取ることができるようになり、単に見るだけのコンテンツから脱却してインタラクティブな要素が盛り込まれたものになるはずです。時期としては、VRグラス等のハードウェアの進歩も待つ必要があるため、あと5年以内というところかと思います。
とはいえ、そのタイミングでまたSCORM1.2を使うのかというと、さすがに30年前に作られた規格では古すぎて使えなくなっているでしょう。概念やデータ設計はそのときでも通用するかもしれませんが、実装方法が技術的に古すぎるために、将来のブラウザでは動かない可能性が高いです。そのため、何らかの新しい規格が出てくることが予想されます。
一方で、現在手元にSCORM1.2対応のインタラクティブなコンテンツをお持ちの場合は、大切に使い続けていただくのが良いと思います。昨今の「動画だけ流しておけば良い」という風潮になってしまう以前の、eラーニングでの学習というものを今以上に真剣に考えていた時期に設計・制作された大切な資産であるためです。
とはいえ、ブラウザが新しくなったり、受講に使うデバイスが多様化したりで、コンテンツがきちんと動作しないケースもあり、コンテンツに色々と手を入れる必要も出てくるはずですが、最近もう1つ大きな課題になりつつあるのが、SCORMに対応できるコンテンツ制作会社さんが減ってしまっているどころか、ほとんどなくなりつつあるという点です。
弊社も何社ものeラーニングコンテンツ制作会社さんとのお付き合いがありますが、動画を撮影・制作・編集できる会社さんはどんどん増えているのに対して、SCORM対応コンテンツの制作ができる会社さんは減り続けており、最近ですとエレファンキューブ株式会社さんくらいしかお願いできるところがなくなってきている印象があります。
お手元にある既存のSCORMコンテンツを今後も活用したい、あるいは他のLMSへの載せ替えを検討しているといったお悩みがある場合には、早めに専門性の高い制作会社へご相談されることをおすすめします。早期に対応することによって、コンテンツの寿命を延ばして長く使うことができ、トラブル回避にもつながる可能性が高いです。
SCORMは、eラーニングにおける「共通言語」とも言える標準規格であり、LMSとコンテンツの相性を高めるためには今でも重要な役割を担っています。動画視聴型のシンプルな教材であれば標準規格への準拠が不要なケースも多いですが、インタラクティブな教材や長期運用を見据えた設計を行う場合には、標準規格への準拠を検討すべきです。これからのeラーニング運用をよりスムーズかつ効果的に進めるために、SCORMの基本と今後の動向をぜひ押さえておきましょう。
SCORMという標準規格自体は昨今は役割が小さくなりつつあり、いずれは使われなくなるとは思いますが、5年後くらいを目処に(というのは私の勝手な予想ですが)インタラクティブな要素を持ったコンテンツが復活してきた際には、また新たな標準規格が出てくると予想されます。eラーニングの運用を担当されている方はその動向にも気を配っていただくと良いと思います。