渋谷の片隅からeラーニング業界をハックする第3回:開発責任者は「イケおじ」。女性エンジニアチームと作る“スロー・テック”の正体

SaaSやITスタートアップの「開発チーム」と聞くと、皆さんはどんな光景を思い浮かべるでしょうか?

パーカーを着た20代の若者たちが、オフィスに集まり、バランスボールに座り、レッドブルを飲みながら深夜までホワイトボードを囲んで熱く議論している……。「アジャイル開発!」「爆速リリース!」「破壊的イノベーション!」そんな熱気あふれるキーワードが飛び交うイメージかもしれません。

しかし、弊社の開発現場は、それとは真逆です。

まず、オフィスがありませんから誰も集まりません。パーカーの若者もいませんし、深夜のチャットも動きません。そして何より、私たちの開発スピードは、業界の標準からするとかなり「ゆっくり」なのです。

今回は、私たちクオーク株式会社があえて実践している「スロー・テック(Slow Tech)」という開発哲学と、それを支えるちょっと変わったチームメンバーの話をさせてください。

目次

開発責任者は50代半ば。開発チームは女性中心。

私たちのチーム構成を紹介します。開発のトップは50代半ばのベテランエンジニア。私からすれば、酸いも甘いも噛み分けた頼れる「おじさま」です。

そして、彼と一緒に手を動かしているメインの開発メンバーは、20~40代の女性エンジニアたちです。

私を含め全員がフルリモート。物理的に顔を合わせることは、年に数回あるかないかです。それぞれが日本のどこかの自宅で、家庭を持ち、生活を大切にしながら働いています。実は、このメンバーは、求人サイトで集めた新人たちではありません。それぞれが様々な会社でLMS(学習管理システム)の開発を経験してきた、筋金入りの「プロフェッショナル」たちです。

私自身は過去に2回LMSの立ち上げを経験していますが、彼ら彼女らもまた、様々な現場で「LMSとはどうあるべきか」を悩み抜き、実装してきた猛者たち。いわば、「LMS開発のアベンジャーズ」です。

「会わない」からこそ、「毎日話す」

「フルリモートで、おじさんと女性のチーム」と聞くと、バラバラに作業しているように思われるかもしれません。しかし、私たちの連携はオフィスにいるチームよりも密かもしれません。

私たちには一つのルールがあります。それは、「毎日必ず、GoogleMeetをつなぐこと」です。

Slackでのテキストコミュニケーションはもちろん欠かしませんが、文字だけではどうしてもニュアンスがズレます。だからこそ、短時間でもいいので毎日必ず顔を見合わせて(画面越しですが)、「今どこに向かっているか」を確認し合います。

「この仕様、設計書上だとこうだけど、実際どう動くのがベスト?」

「ちょっと方向性がズレそうだから、修正しましょう。」

この「毎日のすり合わせ」があるからこそ、私たちは迷いなく「丁寧な開発」に没頭できるのです。物理的には離れていますが、心の距離は限りなくゼロ。それが私たちの自慢です。

Azure × Go言語。そして「API」へのこだわり

「50代の開発責任者」と聞くと、枯れた技術で、昔ながらの重たいシステムを作っていると思われるかもしれません。

しかし、ここが私たちの最大の「ギャップ」です。実は、使っている技術スタックは「Azure」×「Go言語」×「JavaScript」という、モダンかつ非常に堅実な構成です。

クラウド基盤には、AWSではなくあえてMicrosoft Azureを採用。これは、私たちが相手にするお客様=企業の人事部にとって、「マイクロソフトのクラウド」という安心感が絶大だからです。

そして開発言語は、バックエンドにGoogle発の「Go(Golang)」を採用しています。開発責任者は、JavaもCもCOBOLも知り尽くした上で、今は楽しそうにGoを書いています。「Goは良いですよ。余計な装飾がないから、非常にシンプルにシステムが組めます。」らしいです。

女性エンジニアたちは全員Go言語は未経験でした。しかし、彼女たちは驚くべきスピードでGoをマスターしてしまいました。

「すごく書きやすいです。」
「迷う要素が少なくて、シンプルですね。」
彼女たちはそう言います。

Go言語の持つ「シンプルさ」は、ベテランだけでなく、新しい技術に触れるメンバーにとっても強力な武器になりました。「作り手を迷わせない言語」だからこそ、「使い手を迷わせないシステム」が作れる。この言語選定もまた、私たちの哲学と一致していたのです。

さらに、私たちが最も重要視しているのが「API」の設計です。LMSは、単体で動く時代から、人事システムやタレントマネジメントシステムと連携する時代に移っています。だからこそ、「つながりやすさ(=API)」こそが生命線になる。私たちはここにも、最新の技術と時間を惜しみなく投入しています。

なぜ、あえて「ゆっくり」作るのか?

技術的には最新のものを使っています。ならば、開発も「爆速」なのでは?と思われるかもしれません。しかし、私たちは意図的にスピードを落としています。なぜなら、私たちは「表面のコード」ではなく、「見えない基盤」を作っているからです。

今の時代、目に見えるボタン配置や簡単な機能追加程度なら、生成AIに指示すればコードを書いてくれます。表面的な開発スピードを上げるだけなら、いくらでもやりようはあります。しかし、AIにもまだ難しい領域があります。それが、「データベース設計」や「API設計」です。

LMSの命は「データベース」と「API」にある

特にeラーニングシステム(LMS)において、データベース設計は命そのものです。LMSとは、突き詰めれば「誰が、いつ、何を学び、どういう結果だったか」という膨大な受講履歴データのかたまりだからです。

最初の設計を間違えると、データ量が増えた瞬間にシステムが重くなったり、後から「あのデータが取れない!」となったりして、すぐに行き詰まります。APIも同じです。一度公開したAPIの仕様をコロコロ変えることは、連携先に迷惑をお掛けすることになります。

私たちは過去の経験で、この「後から変更できない苦しみ」を骨の髄まで味わってきました。「あの時、テーブル設計をこうしておけばよかった…」そんな後悔は二度としたくない。だからこそ、3度目である今回は、データベースとAPIという「見えない基礎工事」に、異常なほど時間を使っています。

「社長、その機能追加は簡単ですが、今のDB構造だと将来的に破綻します」
「APIの整合性が取れなくなるので、まずは基盤の方を拡張させてください」

開発責任者はそう言って、安易な機能追加を止めます。一見すると遠回りで「遅い」ように見えます。しかし、この徹底した基礎工事があるからこそ、将来どんな変更要求が来ても、柔軟に対応できるはずです。

女性チーム×外部デザイナーによる「UI刷新」

堅牢な基盤の上に乗る「画面(UI)」にも、こだわりがあります。

現在、私たちは外部のプロフェッショナルな女性デザイナーの方に入っていただき、UIの全面刷新プロジェクトを進めています。

社内の女性開発チームも優秀ですが、やはり「デザインの専門家」の視点は違います。エンジニアが作るとどうしても「論理的に正しい画面」になりがちですが、デザイナーが入ることで「感覚的に気持ちいい画面」に変わります。

社内の開発チームと、社外のデザイナー。そしてイケおじ開発責任者と、顧客の声を拾い集める私。毎日のGoogleMeet上では、この多様なメンバーが、ああでもないこうでもないと議論を重ねています。

「このエラーメッセージ、威圧感があって怖いです」
「このアイコンだと、直感的に意味が伝わりません」

彼女たちの会話を聞いていると、主語が常に「システム」ではなく「使う人」になっていることに気づきます。ITリテラシーが高くない現場のパートさんや、ベテラン社員さんが触っても、拒絶反応が出ない「優しい画面」。それは、このチームだからこそ生み出せるのだと思います。

「ゆっくり」は「強い」

私たちは、あえて時間をかけています。AIでも書けるコードを量産するのではなく、AIには設計できない「強固な基盤(DB・API)」と「人間味のあるUI」を作るために。「御社の開発、ちょっと遅くないですか?」そう言われることもあります。そんな時、私はこう答えることにしています。

「はい、確かに速くはないです。でも、私たちのシステムは、データが増えても絶対に重くなりませんし、一度リリースした機能は、絶対に使いやすいですよ」

派手さはありません。爆速もありません。でも、AzureとGo言語、そしてプロフェッショナルなエンジニアたちで組まれた、この地味で頑固なフルリモート・チームのことを、私は心から信頼しています。

次回は、開発と同じく合理性を突き詰めた「営業」の話です。「御社に行きます」と言わずに、どうやって信頼を勝ち取っているのか。訪問ゼロで成約を決める、私たちの営業流儀についてお話しします。


【執筆者プロフィール】
クオーク株式会社代表。2003年よりeラーニング業界に従事。IBM、研修会社等を経て、LMS事業の立ち上げは今回で3回目となる「LMS作りのプロ」。現在は渋谷区のバーチャルオフィスを拠点に、完全リモート組織でSaaS型LMS「Qualif(クオリフ)」を展開中。多機能よりも「迷わせない」にこだわり抜く。オフィスがない分、街中を歩き回りながら会議やAIとの壁打ちをこなす「足で稼ぐスタイル」を実践中。

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この記事を書いた人

クオーク株式会社 代表
教育系出版社(現ベネッセ)、IBM等を経て、NTTドコモと電通の合弁会社である(株)D2Cにて企業向けeラーニング事業を立ち上げる。その事業のアルー(株)へのバイアウト後の2021年に起業し、クオークを設立。
企業向けのeラーニングビジネスに20年以上携わり、その知識と経験を活かしてQualifを開発中。

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