はじめに
「A社のLMSからB社のLMSに乗り換えたいが、過去10年分の受講履歴が消えてしまうと言われた」
「社内にはLMS、タレントマネジメントシステム、営業支援ツールなど、データがバラバラに散らばっていて統合できない」
「eラーニングの結果だけでなく、実地研修やVRトレーニングのログも一箇所にまとめたい」
教育担当者がシステム刷新やデータ活用を考える際、最大の壁となるのが「データの分断」です。これまでのeラーニングシステム(LMS)は、データがそのシステムの中に閉じ込められており、外に出すことも、外部のデータを入れることも困難でした。
この「データのサイロ化」を解決し、あらゆる学習データを一元管理するために生まれたのが、「LRS(Learning Record Store)」です。
本記事では、LRSの定義やLMSとの違い、そしてLRSを導入することで実現する「データポータビリティ(持ち運び可能性)」という大きなメリットについて解説します。
1.LRSをひとことで言うと?
LRS(Learning Record Store)とは、一言で言うと「xAPI形式の学習データ(ステートメント)を保存・検索・抽出するための専用データベース」のことです。
別の記事で、xAPIを「共通言語(英語のようなもの)」と例えましたが、LRSは「その言葉で書かれた記録を保管する図書館」です。
スマホアプリ、VR、Webブラウザ、シミュレータなど、あらゆる場所から飛んでくる「誰が、何をした」というxAPIデータをすべて受け取り、整理して格納します。そして、必要に応じてBIツール(分析ソフト)などにデータを受け渡す役割を担います。
【用語の要約】
- 目的:学習ログの一元管理、データの相互運用性の確保
- 対象:xAPIデータ(ステートメント)
- 英語:Learning Record Store
- 役割:データの「受信(Store)」と「転送(Forward)」を行うハブ。
2.LMSとLRS、何が違うの?
ここが最も混同しやすいポイントです。「学習を管理するならLMS(Learning Management System)でいいじゃないか、なぜLRSが必要なのか?」という疑問です。
両者は役割が明確に異なります。
LMS(学校・教室)
- 役割:「学習の運用・管理」
- 機能:講座の割り当て、受講通知メールの送信、コースの登録、修了証の発行。
- データの扱い:基本的に「そのLMS内で行われた活動」しか記録できません。また、データ構造はそのLMS独自の仕様(またはSCORM)であるため、他のシステムに移すのが困難です。
LRS(倉庫・書庫)
- 役割:「学習記録の保存・中継」
- 機能:データの受信、検証、保存、他システムへの転送。
- データの扱い:LMSの内外を問わず、あらゆるシステムからのデータを受け取ります。xAPIという世界標準規格で保存するため、システムが変わってもデータはそのまま残ります。
つまり、、、?
LMSは「人間が使う画面(フロントエンド)」であり、LRSは「データが眠る場所(バックエンド)」です。最近の最新鋭LMSには、内部にLRS機能を内蔵しているものもありますし、LMSとは別に独立したLRSを立てて連携させるケースもあります。
3.なぜLRSが必要なのか(3つのメリット)
LRSを導入する(=学習データ基盤を整備する)ことには、単なる「記録」以上の戦略的価値があります。
①データの「ポータビリティ(持ち運び可能性)」
これが最大のメリットです。これまでは、LMSをA社からB社に切り替える際、過去の学習履歴(CSVデータなど)の移行に莫大なコストがかかるか、最悪の場合「データは捨ててゼロからスタート」せざるを得ませんでした。
しかし、データを独立したLRSに保存しておけば、フロント側のLMS(表示画面)を何度変えても、裏側のデータ(LRS)はそのまま維持できます。「システムに縛られず、ベンダーを自由に選べる権利」を企業側に取り戻すことができます。
②「サイロ化」したデータの統合
大企業によくあるのが、「営業部はAシステム、開発部はBシステム、全社研修はCシステム」と、部門ごとに異なるツールを使っているケースです。これでは全社的な人材分析ができません。
各システムがxAPIに対応していれば、それぞれのデータを一つのLRSに集約(Hub化)することができます。「営業成績(Salesforce)」と「研修受講歴(LMS)」をLRSで突き合わせ、相関分析をするといった高度な活用が可能になります。
③リアルタイムな分析・フィードバック
SCORMのデータは「終わってから」送信されることが多いですが、LRSへの通信(xAPI)はリアルタイムに行うことができます。「今、何人が受講しているか」「どの問題で躓いているか」を瞬時に可視化し、BIツール(TableauやPower BIなど)と連携させてダッシュボードに表示することが容易になります。
4.LRSの活用シナリオ
具体的にどのような場面でLRSが活躍するのでしょうか。
シナリオA:ハイブリッドな学習環境の統合
- 状況:社員が「社内のLMS」だけでなく、「Udemy」などの外部動画サービスや、「電子書籍」でも学習している。
- LRSの役割:外部サービスの視聴履歴もxAPIでLRSに飛ばすことで、人事担当者は「LMSの受講履歴」と「自発的な外部学習」をセットで評価シートに表示できます。
シナリオB:グローバル展開企業のデータ統合
- 状況:日本本社、アメリカ支社、アジア支社でそれぞれ別のLMSを使っている。
- LRSの役割:各国のLMSからデータだけを本社の「マスターLRS」に送信させることで、システムを統一しなくても、グローバル全体での教育進捗を一元管理できます。
シナリオC:医療・製造現場のトレーニング
- 状況:VRゴーグルを使った手術シミュレーションや、タブレットを使った機器点検の実習。
- LRSの役割:VR内での「手の動き」や「視線」、タブレットの「操作ログ」をLRSに記録。座学のテスト結果と実技のログを組み合わせ、「知識はあるが、手が動いていない」といった詳細な指導が可能になります。
5.LRSに関するよくある質問(FAQ)
- Q1.LRS単体でeラーニングはできますか?
- A.基本的にはできません。LRSはあくまで「データベース」であり、受講者がログインして動画を見るための「画面(UI)」や、誰にどのコースを割り当てるかという「管理機能」は持っていません。通常は、LMS(またはLXP)とセットで利用します。
- Q2.LRSは高額ですか?
- A.ピンキリです。Learning LockerのようなオープンソースのLRSを自社サーバーに構築すれば安価ですが、保守管理が必要です。一方、WatershedやVeracityといった商用のエンタープライズ版LRSは、高機能な分析画面が付いている分、費用がかかります。
- Q3.SCORMのデータはLRSに入らないのですか?
- A.そのままでは入りません。SCORMとxAPIは言葉が違うからです。ただし、多くのLRS製品には「SCORMをxAPIに変換して取り込む機能」が付いています。これを使えば、過去の資産も無駄になりません。
6.成功のカギは「エコシステムの設計」
LRSは「入れたら終わり」のツールではありません。「どのシステムからデータを集めるか?」「集めたデータをどう分析するか?」という全体設計(エコシステムデザイン)が重要です。
LRSは、いわば「ダム」です。上流から水(データ)を流し込み、ダムに貯め、下流(分析ツールや人事システム)に流して発電(価値創出)しなければ、ただの水たまりになってしまいます。
クオークでは、
- LRS構築支援:オープンソースから商用製品まで、貴社の規模に合ったLRSを選定・構築します。
- LMS連携開発:既存のLMSや業務システムから、データをLRSに送るためのつなぎ込み(API開発)を行います。
- データ活用コンサルティング:貯まったデータをBIツールで可視化し、「教育投資対効果(ROI)」を見える化します。
「システムがバラバラで管理できない」「将来を見据えてデータを資産化したい」とお考えの担当者様は、ぜひご相談ください。
7.まとめ
- LRSとは、xAPI形式の学習データを一元管理する「専用データベース(書庫)」。
- LMSが「学習の管理(School)」なら、LRSは「記録の保存(Library)」。
- データをLMSから切り離してLRSに保存することで、システムの乗り換えが容易になり、多様なツールからのデータ統合が可能になる。
▼次のアクション「学習データ基盤(LRS)を構築したい」「バラバラのシステムデータを統合したい」とお考えのご担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。



