はじめに
「新人を現場に配属したが、『見て覚えろ』と言われて困惑しているようだ」 「トレーナー役の先輩社員が忙しすぎて、新人が放置されている」 「教える人によって言うことがバラバラで、現場が混乱している」
多くの日本企業で当たり前のように行われている「OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)」ですが、実は今、その機能不全が深刻化しているとも言われています。人手不足による現場の疲弊や、働き方の多様化により、従来の「背中を見て育つ」スタイルが通用しなくなっているのです。
しかし、OJTそのものが悪いわけではありません。問題なのは「計画がないままに現場に丸投げしてしまうこと」です。 本記事では、OJTの正しい定義から、指導の質を劇的に高める「4段階職業指導法」の具体的なステップ、そしてZ世代の若手社員に響く指導のコツまでを、詳しく解説します。
1. OJTをひとことで言うと?
OJT(On-the-Job Training)とは、一言で言うと「実際の業務遂行のプロセスを行う中で、必要な知識・スキル・態度を身につけさせる教育手法」のことです。
職場の上司や先輩がトレーナー(指導役)となり、トレーニー(受講者)に対してマンツーマンやチームでの実務を通して指導を行います。対義語は、職場を離れて研修室などで行う「Off-JT(Off-the-Job Training)」です。
第一次世界大戦中のアメリカで、造船所の労働者を短期間で育成するために開発された「4段階職業指導法」がルーツとされています。
【用語の要約】
- 目的:即戦力化、個別の実務能力の習得
- 対象:新入社員、中途入社者、異動者
- 英語:On-the-Job Training
- 決定的な違い:「勝手に見て覚えろ」と放置することはOJTではありません。「意図的・計画的・継続的」に指導して初めてOJTと呼べるものとなります。
2. なぜ今、OJTの「見直し」が急務なのか
OJTはコストがかからず実践的である反面、現代のビジネス環境においては「制度疲労」を起こしています。その背景には3つの要因があります。
① プレイングマネージャーの限界
かつては管理職やベテラン社員に「教える余裕」がありました。しかし現在は、人員削減と業務効率化により、誰もが自分の数字を持った「プレイングマネージャー」です。「自分の仕事で手一杯で、新人の面倒を見る時間がない」というのが現場の本音です。
② 業務の高度化とブラックボックス化
仕事がIT化・専門化し、「見よう見まね」では習得できない業務が増えました。また、PC画面の中だけで完結する仕事も多く、隣に座っていても「何をしているか(思考プロセス)」が見えにくくなっています。
③ Z世代の「リアリティ・ショック」と早期離職
「成長できる環境」を重視するZ世代の若手社員は、放置されたり、理不尽な指導を受けたりすることに非常に敏感です。「この会社では育たない」と判断されれば、入社数ヶ月でも躊躇なく離職を選びます。質の低いOJTを行ってしまうと、育成に繋がらないだけではなく離職リスクを高める結果になりかねません。
3. 企業が導入するメリット・デメリット
OJTとOff-JTには明確な役割分担があります。それぞれの特性を理解することが重要です。
メリット
- 実践的なスキル(暗黙知)が身につく:
マニュアルには書けない「顧客ごとの微妙な対応」や「トラブル時の判断基準」など、現場ならではのリアリティを学べます。 - 個人のレベルに合わせられる:
集合研修と違い、トレーニーの理解度に合わせて進度を調整できます。苦手な部分は重点的に、得意な部分はスキップするといった柔軟な対応が可能です。 - 人間関係とエンゲージメントの向上:
濃密なコミュニケーションを通じて、師弟関係や信頼関係が生まれます。これは組織への帰属意識(エンゲージメント)を高める最大の要因になります。
デメリット・課題
- 指導の「属人化」と「バラつき」:
これが最大の問題です。「A先輩とB先輩とでは教え方が違う」「機嫌が悪いと教えてくれない」といった事態が起きやすく、新人の混乱を招きます。 - 体系的な理解が難しい:
目の前の業務(点)しか学べないため、業務全体(線・面)の構造や、基礎理論が抜け落ちがちです。これを補うのがOff-JTの役割です。
4. これだけは押さえたい!「4段階職業指導法」
OJTの効果を高めるための世界標準フレームワークが「4段階職業指導法」です。 多くの現場では「いきなりやらせる(Step3)」か「説明だけして終わり(Step2)」になりがちです。以下の4ステップを省略せずに踏むことが、急がば回れで最短の育成につながります。
Step 1:Show(やってみせる)
- 行動: まずはトレーナーが手本を見せます。
- ポイント: 通常のスピードで見せた後、ゆっくりと分解して見せます。「完成形」をイメージさせることが目的です。
- NG行動: 「いいから黙って見ていろ」と突き放すこと。
Step 2:Tell(説明する・説く)
- 行動: 手順だけでなく、「なぜその作業が必要か」「重要なコツ(勘所)」を言葉で説明します。
- ポイント: 「なぜ(Why)」を伝えることが重要です。意味を理解しないまま覚えた作業は、応用が利きません。
- セリフ例: 「このネジを強く締める理由は、振動で緩むと事故につながるからだよ」
Step 3:Do(やらせてみる)
- 行動: トレーナーが見守る中で、実際にトレーニーにやらせてみます。
- ポイント: 失敗してもリカバリーできる安全な環境で行います。トレーナーは途中で口を出さず、最後までやらせてみることが大切です。
- 注意点: ここで放置せず、必ず横について観察します。
Step 4:Check(評価・指導する)
- 行動: できた点を褒め、できていない点を修正し、再トライさせます。
- ポイント: 抽象的な感想ではなく、「手順3の確認が抜けていたね」と具体的事実に基づいてフィードバックします。
- ゴール: 「もう一人で任せても大丈夫」と判断できるまで繰り返します。
5. Z世代へのOJT、3つの心得
現代の若手社員(Z世代)に効果的な指導を行うには、従来のやり方を少しアップデートする必要があります。
- 「意味付け」を丁寧に
「とりあえずやって」は通用しません。「この業務は会社全体のどの部分に貢献していて、君のキャリアにどう役立つか」という意味や目的を丁寧に説明することで、モチベーションが大きく向上します。 - 「心理的安全性」を確保する
「怒られるから質問しない」とならないよう、「分からないことはいつでも聞いていい」「失敗しても攻めない」という雰囲気を作ります。 - フィードバックは「こまめに」「短く」
半年に一度の面談でまとめて指摘するのではなく、日々の業務の直後に「さっきの対応、良かったよ」と1分でいいのでフィードバックします。
6. OJTに関するよくある質問(FAQ)
- Q1. リモートワークでOJTができません。どうすれば?
A. Zoom等の画面共有機能を使い、「やってみせる(Show)」を行うことは可能です。また、チャットツールで「分報(Times)」チャンネルを作り、新人が今何をしているかをリアルタイムでつぶやけるようにして、心理的な距離を縮める工夫が有効です。 - Q2. OJTトレーナーに向いていない社員しかいません。
A. 全員が教え上手である必要はありません。ただし、指導スキルのバラつきを防ぐために、「OJTトレーナー研修」を実施したり、「指導マニュアル(チェックリスト)」を用意したりして、誰が教えても最低限の品質(60点)を保てる仕組みを用意するのが人事の役割です。 - Q3. OJT計画書は必要ですか?
A. 必須です。「いつまでに、何ができるようになるか」というゴールとスケジュールがないOJTは、必ず漂流します。A4用紙1枚で良いので、本人・トレーナー・上司の3者で合意した計画書を作成してください。
7. 成功のカギは「デジタルOJT(動画活用)」
OJT最大の弱点である「属人化」と「時間不足」を解決する切り札が、デジタルツールの活用(動画マニュアル)です。
「何度も同じことを聞かれる」 「人によって教え方が違う」
これらは、基本手順をマイクロラーニング(短い動画)化することで解決できます。 「Tell(説明)」の部分を動画に置き換えることで、トレーナーは何度も同じ説明をする必要がなくなります。新人はスマホで何度でも復習でき、トレーナーは「Do(実践)」の立ち会いと「Check(フィードバック)」という、人にしかできない高付加価値な指導に集中できます。これが「ブレンディッド・ラーニング」の考え方を取り入れた、次世代のOJTです。
クオークの「eラーニングラボ」では、
- 現場のノウハウを形式知化する「業務整理コンサルティング」
- スマホで撮ってすぐ共有できる「動画マニュアル制作支援」
- 新人の習熟度を可視化する「LMS(学習管理システム)」
の提供を通じて、現場任せにしない「組織的なOJT改革」を支援します。
8. まとめ
- OJTとは「意図的・計画的」な現場指導であり、放置することではない。
- 「Show(みせる)→Tell(説く)→Do(させる)→Check(評価)」の4ステップを徹底する。
- Z世代には「意味付け」と「心理的安全性」を意識し、動画マニュアルを活用して効率化を図るべき。
▼ 次のアクション 「現場のOJT負担を減らしたい」「属人化した指導を標準化したい」とお考えのご担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。
お問い合わせフォーム – Qualif(クオリフ)
9. 関連用語
- [マイクロラーニング]
- [インストラクショナルデザイン]
- [ブレンディッド・ラーニング]
- [1on1ミーティング]



