渋谷の片隅からeラーニング業界をハックする 「第1回:オフィスなし、爆速なし。それでも我々が『業界のインフラ』を狙う理由」

こんにちは。eラーニングシステム(LMS)の開発を行っている、クオーク株式会社の代表の前川です。

最初に正直に申し上げます。もしあなたが、弊社に興味を持ってくださり、渋谷区にある本社住所を訪ねてこられたとしても、私たちはお茶の一杯もお出しすることができません。なぜなら、そこには「銀色のポスト」がひとつあるだけだからです。

弊社には、いわゆる「オフィス」がありません。エントランスもなければ、会議室もなく、社長室もありません。社員はわずか6名。私を含め全員が、日本のどこかの自宅、あるいはクラウドの上にいます。

「そんな会社大丈夫なの?」そう思われるのも無理はありません。実際、銀行の口座を作る時も、Pマークを取る時も、なかなかに苦労をしました(このあたりの「とほほ」な話は、また次回以降に書きます)。

でも、私はこの「ポストだけの本社」を、実はとても気に入っています。今日は、この一見時代に逆行するような会社形態に込めた、私たちなりの「真面目な経営方針」についてお話しさせてください。

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家賃0円。この「高収益体質」こそが最強の防御

なぜオフィスを持たないのか。理由はシンプルです。「ビルの賃料を払ってもシステムの開発は進まないから」です。

SaaSベンダーにとって、固定費(家賃)は重荷です。渋谷の一等地にオフィスを構えれば、それだけで毎月数百万円が消えていきます。私たちは、そのコストを極限までカットしました。そして、浮いたお金をすべて「開発チームの人件費」や「サーバの増強」などに突っ込んでいます。

その結果、私たちは損益分岐点が極めて低く、かつ利益率の高い「筋肉質な経営体質」を手に入れることができました。

私たちのような小さなベンダーが生き残るために必要なのは、見栄ではありません。どんな環境変化があっても揺るがない「収益性の高さ」と、良いものを作り続ける「持続可能性」です。この身軽さがあるからこそ、私たちは外部の雑音に惑わされず、純粋にプロダクトの品質を追求できるのだと考えています。

開発責任者は50代。「爆速」ではありません。

私たちのチーム構成も、キラキラしたスタートアップとは少し違います。

開発責任者は、経験豊富な50代半ばのベテラン(頼れる「おじさま」)です。そして、彼と一緒にコードを書いているのは、20代〜40代の女性エンジニアたち。さらに、20代のコンサル兼営業担当と、50代の私。

徹夜でレッドブルを飲みながら寝ずに開発する・・・そんな若さ溢れる光景は、ここにはありません。正直に言うと、私たちの開発スピードは決して「爆速」ではありません。むしろゆっくりかもしれません。

でも、それは「安易な足し算」をしたくないからです。

開発において、機能を追加することは実は簡単です。難しいのは「引くこと」です。現場の社員の方々が毎日使うシステムにおいて、最大の敵は「機能不足」ではなく、「機能過多による消化不良」だと、私たちは過去の経験から知っています。

だから私たちは、おじさまと女性陣で、「本当にこのボタンは必要か?」「もっとシンプルにできないか?」と、あーでもないこーでもないと議論を重ねます。作る時間よりも「削ぎ落とす時間」にコストをかける。そうして「これなら誰も迷わない」と確信できた機能だけを、ゆっくりと、しっかり自信を持ってリリースしています。

ウサギとカメで言えば、間違いなくカメです。でも、道に迷って戻ったりしない分、結果的にはお客様をゴール(運用定着)まで確実に連れていけると信じています。

実は、LMSを作るのはこれで「3回目」なんです。

少しだけ、私の昔話をさせてください。

私がeラーニングの世界に足を踏み入れたのは2003年。もう20年以上前になります。IBMで人事コンサルとしてLMS導入支援を行い、IT研修会社ではコンテンツを作り、その後、別のベンチャーやNTTドコモの子会社などで、LMS事業の立ち上げを行ってきました。業界団体の理事を務めたこともあります。おかげさまで、前職時代に立ち上げたLMS(etudes)は、それなりに名の知れたサービスに育ちました。

普通なら、そこで満足して「あがり」にしてもよかったのかもしれません。 でも、私は2021年に独立し、このクオーク株式会社を作りました。なぜか?

「もう一度、ゼロから理想のLMSを作りたかったから」です。

これが私にとって、人生で3度目のLMS開発になります。過去2回の経験で、「何が成功するか」も、「何が失敗するか(機能の肥大化など)」も、骨の髄まで味わってきました。

だからこそ、今回の3回目は、私の20年の知見をすべて注ぎ込んだ「集大成」です。ここには、無駄な機能も、負の遺産(技術的負債)も一切ありません。あるのは、誰が使っても迷わない、磨き抜かれた「教育のエンジン」だけです。

枯れた市場の「静かなる革命」

eラーニング業界は、もう20年以上続く「枯れた市場」だと言われます。しかし、実はこの市場には「圧倒的な勝者」がまだいないのをご存知でしょうか?

BtoBのeラーニング市場規模は約1300億円(出典:矢野経済研究所)と言われていますが、トップ企業でもシェア10%を取っている製品が存在しない、まさに群雄割拠の戦国時代です。

大手ベンダーのシステムは多機能ですが、歴史が長い分、複雑になりがちです。そこに、最後発である私たちが、「オフィスなし(高利益率)」「3度目の知見(高品質)」という武器を持って攻め入る。

私たちは、派手な広告は打ちません。上場して鐘を鳴らすことにも興味はありません。ただ、既存のシステムに疲れた担当者様の懐に、そろそろっと入り込み、気づいたらリプレイスされている。

目指しているのは、売上の規模ではありません。「気づいたら、日本の企業の多くが『Qualif(クオリフ)』を使っていた」「一番地味な会社が、実は一番多くの働く人を支えていた」。そんな「業界のインフラ(空気のような存在)」になること。その目的のためなら、私たちはあらゆる手段に対して柔軟でありたいと考えています。

自分たちだけで頂上を目指すのか、あるいは、この磨き上げたエンジンをより大きな船に乗せるのか。先のことは分かりませんが、少なくとも今の私たちが、「業界で最も純度が高く、使いやすいLMS」を開発できる知識と経験とノウハウとメンバーが揃っているという自負はあります。

このコラムは、私たちの「航海日誌」です。

経営者としては4年ほどのまだまだ「ひよっこ」ですが、LMS屋としては20年以上の「古株」です。このギャップがあるからこそ見える景色、できる戦い方があると信じています。このコラムでは、そんな私たちが日々直面する「リアルすぎる経営の現場」を書き綴っていこうと思います。

  • 信金に門前払いされた話
  • Pマークの審査員が自宅に来た話
  • 「システムで解決できません」とお客様にお断りした話...

成功談よりも、失敗談や恥ずかしい話の方が多くなるかもしれません。「渋谷のバーチャルオフィスの中にいる変わった連中が、なんか面白いことやってるな」と、ご笑覧いただければ幸いです。

それでは、静かなる航海の始まりです。


【執筆者プロフィール】
クオーク株式会社代表。2003年よりeラーニング業界に従事。IBM、研修会社等を経て、LMS事業の立ち上げは今回で3回目となる「LMS作りのプロ」。 現在は渋谷区のバーチャルオフィスを拠点に、完全リモート組織でSaaS型LMS「Qualif(クオリフ)」を展開中。多機能よりも「迷わせない」にこだわり抜く。オフィスがない分、街中を歩き回りながら会議やAIとの壁打ちをこなす「足で稼ぐスタイル」を実践中。

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この記事を書いた人

クオーク株式会社 代表
教育系出版社(現ベネッセ)、IBM等を経て、NTTドコモと電通の合弁会社である(株)D2Cにて企業向けeラーニング事業を立ち上げる。その事業のアルー(株)へのバイアウト後の2021年に起業し、クオークを設立。
企業向けのeラーニングビジネスに20年以上携わり、その知識と経験を活かしてQualifを開発中。

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