渋谷の片隅からeラーニング業界をハックする「第2回:バーチャルオフィスで起業。『信金』に断られ、『メガバンク』に通った話」

前回、弊社の本社は「渋谷区のポストだけ」という話をしました。固定費を削って開発費に回す、合理的な選択の結果です。

しかし、この選択には一つだけ明確なデメリットがありました。「社会的な信用」を作るのが難しいという点です。特に、日本の伝統的な金融機関において、「オフィスがない」というのは「住所不定」とほぼ同義に扱われます。

今回は、私たちのようなバーチャル企業が直面する「口座開設のリアル」と、それをどうクリアしたかについて、実体験をお話しします。

目次

「融資はOK、でも口座がない」という矛盾

時計の針を少し戻し、起業から1年ちょっと経った頃の話をします。

無事に1期目を黒字で終え、2期目の売上も見えてきたタイミングで、私は日本政策金融公庫(公庫)の融資に申し込みました。資金繰りに困っていたわけではありません。将来のために「外部からの資金調達実績」を作っておきたかったのです。

ここでも当然、「オフィスがない」ことは突っ込まれました。しかし、我々にはこの1年間の実績がありました。「オフィスはバーチャルですが、ちゃんと売上は立っています。決算書も見てください。」 公庫の担当者は、私の過去20年のeラーニング業界での経験に加え、この「1年間の数字(実体)」を正当に評価してくれました。「箱(オフィス)」ではなく「ビジネスの中身」を見てくれたのです。おかげで、無事に融資の承認が降りました。

しかし、ここで思わぬ落とし穴が待っていました。 融資の実行条件として、「返済用口座をネット銀行以外(実店舗がある銀行)で作ってください。」と言われたのです。当社はそれまで、手続きが楽なネット銀行を使っていました。しかし、公庫の引き落としシステムなどの関係で、いわゆる「リアル銀行」の口座が必要だと言うのです。

「融資は通りましたが、それを受け取るための『口座』は、ご自身で用意してください」

つまり、お金を借りる権利は得たものの、それを入れるための「お皿」がない状態になってしまったのです。ここから、私の「口座探しの旅」が始まりました。

公庫に薦められたのに・・・30秒で門前払い

「どこかおすすめの銀行はありますか?」私が公庫の担当者に尋ねると、彼は親切にこう教えてくれました。「地元の信用金庫さんがいいですよ。創業支援に手厚いですし、今後の付き合いも考えると、地域密着の信金さんに口座を開かれるとよいと思います。」

当社の状況を最もよく分かっている公庫の担当者がお薦めと言ってくれているのです。これほど心強いことはありません。

私は言われた通りの信用金庫へ電話をかけました。「公庫さんから融資を受けることになりまして、口座を開設したいのですが。」しかし、電話口の担当者の反応は、私の予想とは全く違うものでした。 こちらの会社名や事業内容を聞くよりも先に、まるでマニュアルを読み上げるかのように質問が飛んできました。「オフィスの場所は渋谷区内ですか?そのオフィスはバーチャルオフィスではないですか?」

私が「はい、渋谷区の住所ですが、バーチャルオフィスです」と答えた、その瞬間です。

「・・・申し訳ありませんが、バーチャルオフィスですと、口座開設はお断りしております。」

会話はそれで終了でした。 こちらの1期目の実績も、公庫の融資が通ったことも、何も伝える隙すらありませんでした。 まさに「ゲームセット」。 窓口に行くことすらできず、電話一本、30秒で終了です。

他の信金・信組も「全滅」だった

「たまたま、その信金と相性が悪かっただけかもしれない」 そう思い直した私は、近隣の別の信用金庫や信用組合にも、片っ端から電話をかけました。

しかし、結果は残酷なほど同じでした。「バーチャルオフィス」という単語を出した瞬間に、相手の反応が止まるのです。

「実態確認ができないと…。」「当組合のエリア内に、物理的な拠点がないと…。」判で押したように、同じ理由で断られました。公庫が事業計画を認めてくれても、地元の金融機関にとっては「物理的な事務所の部屋」がない会社は、相手にすらできない存在だったのです。

「地域密着」という言葉の裏側にある、「土地に根付いていない者は客ではない」という古い商習慣の壁を、まざまざと見せつけられた瞬間でした。

ダメ元で問い合わせた「三菱UFJ」の意外な反応

地域金融機関が全滅し、私は途方に暮れました。ネット銀行はNG。信金・信組もNG。残る選択肢は、敷居が高いとされる「都市銀行(メガバンク)」や「地方銀行」しかありません。

一般的に、創業期のベンチャーがメガバンクで口座を作るのは難しいと言われています。 「信金ですら全滅だったのに、三菱UFJや三井住友が相手にしてくれるわけがない...」 そう思いつつも、背に腹は代えられません。公庫の融資実行日は迫っています。

私は「数打ちゃ当たる」の精神で、みずほ、三井住友、三菱UFJ、そしていくつかの地銀のWebフォームから、片っ端から問い合わせを送りました。

すると、意外なことが起きました。 翌日、私のスマホにメールが届いたのです。 差出人は、三菱UFJ銀行。「オンラインで面談しましょう」 文面は驚くほどシンプルでした。 「えっ、支店に来いとか言われないの?」 信金とのやり取りでうんざりしていた私は、そのスピード感に逆に狐につままれたような気分でした。

 完全オンラインの手続きと、システマチックな面談

そこからの手続きは、驚くほどデジタルでした。まず、指定されたURLから「履歴事項全部証明書(登記簿)」などの必要書類をアップロードします。 郵送の手間も、ハンコを押して持参する手間もありません。基本的にすべてブラウザ上で完結しました。

そして後日、Zoomを使ったオンライン面談が行われました。画面の向こうに現れたのは、三菱UFJグループで法人口座開設業務を請け負っている子会社の方でした。

ここにもメガバンクの合理性を感じました。定型的な審査業務を専門部隊に切り出し(BPO)、効率化しているのです。だからこそ、翌日に返信ができるスピード感が出せるのでしょう。

面談自体は淡々としたものでした。「オフィスはありません。住所はポストだけです」 と正直に伝えても、担当の方は動じません。その代わり、事業内容については詳しく聞かれました。「どのようなシステムを作っているのですか?」 「主な顧客ターゲットはどのあたりですか?」

彼らが見ていたのは、「部屋(オフィス)」の有無ではなく、「ビジネスの実体」そのものでした。私は用意していた事業計画と1期目の実績をもとに、これから作るLMSについて説明しました。

そして面談から約1週間後。会社のポストに分厚い封筒が届きました。中には口座開設完了の通知。何の問題もなく審査に通ったのです。

地元の信金・信組すべてに電話で門前払いされた当社が、日本最大の銀行の法人口座を手に入れた瞬間でした。

なぜメガバンは「ポストだけの会社」を通したのか

なぜ、審査が厳しいはずの最大手が、あっさりと口座を作ってくれたのか。後から冷静に分析すると、理由は2つあると考えられます。

1つは、彼らのデジタル化(合理化)が進んでいたこと。巨大な組織だからこそ、個人の「現場感覚(現地を見たい)」に頼らず、データや提出書類で判断するシステムが整っていたのでしょう。子会社による分業体制も含め、合理的でデジタルなバーチャル企業とは、非常に相性が良かったのです。

そしてもう1つ。こちらが本質だと思いますが、私が「政策金融公庫の融資決定通知書」を提示したことです。銀行側からすれば、「国の機関(公庫)が審査をして、お金を貸すと決めた会社だ。ならば、実体のない詐欺会社や反社ではないだろう」という強力な判断材料になります。

つまり、「私の信用」ではなく「公庫の信用」をテコにすることで、審査を突破できたわけです。

もっとも、、、メガバンクがすべてそのような対応だったわけではありませんでした。みずほ銀行から連絡が来たのは、三菱UFJでの手続きがすべて終わり、すでに口座開設が決まった後でした。「これから面談を…」と言われましたが、時すでに遅しです。

そして、三井住友銀行からは返事すら来ませんでした。完全な無視(スルー)です。同じメガバンク3行といえども、その中身(DXへの対応スピード)には天と地ほどの差があったのです。

「創業=まずは信金」という定説を疑え

オフィスを持たないベンチャー企業が、手ぶらでいきなりメガバンクに行っても、おそらくはじかれていたでしょう。しかし、この手順を踏めば道は開けます。

  1. まずバーチャルオフィス(ポスト)を借りる
  2. 自分の力で1期目の実績を作る
  3. その実績で、バーチャルオフィスでありながら公庫の融資審査を通す
  4. 「公庫の実績」と「返済用口座が必要」という大義名分を持って、メガバンクに申請する

これが、私が経験した「銀行口座ハック」の方程式です。

「創業したら、まずは地元の信金へ挨拶に行け」 多くの起業本に書いてある定説ですが、私たちのような新しい形態の企業には当てはまりませんでした。むしろ、合理的でデジタルな会社こそ、システム化された大手銀行の方が話が早いケースもあるのです。

このようにして手に入れた三菱UFJの口座ですが、実は今も「公庫の返済用」としてしか使っていません。ネットバンキングの操作画面が使いにくいから(笑)。 結局、メインバンクとしては使い勝手のいいネット銀行を使い続けています。

「使えるものは使い、使いにくいものは使わない」 この徹底した合理主義こそが、バーチャル企業の生存戦略なのです。

次回は、この「合理性」を突き詰めた結果生まれた、ちょっと変わった開発チームの話をしようと思います。


【執筆者プロフィール】
クオーク株式会社代表。2003年よりeラーニング業界に従事。IBM、研修会社等を経て、LMS事業の立ち上げは今回で3回目となる「LMS作りのプロ」。 現在は渋谷区のバーチャルオフィスを拠点に、完全リモート組織でSaaS型LMS「Qualif(クオリフ)」を展開中。多機能よりも「迷わせない」にこだわり抜く。オフィスがない分、街中を歩き回りながら会議やAIとの壁打ちをこなす「足で稼ぐスタイル」を実践中。

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この記事を書いた人

クオーク株式会社 代表
教育系出版社(現ベネッセ)、IBM等を経て、NTTドコモと電通の合弁会社である(株)D2Cにて企業向けeラーニング事業を立ち上げる。その事業のアルー(株)へのバイアウト後の2021年に起業し、クオークを設立。
企業向けのeラーニングビジネスに20年以上携わり、その知識と経験を活かしてQualifを開発中。

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