はじめに
「eラーニングだけでなく、社員が読んだ本や、参加した外部セミナーの記録も残したい」
「動画教材の『再生完了』だけでなく、『どこを飛ばしたか』『どこを繰り返し見たか』まで分析したい」
「電波の届かない現場(オフライン)での学習履歴を、後からまとめて送信したい」
長らくeラーニング業界の標準規格であった「SCORM(スコーム)」は、LMS(学習管理システム)という「教室の中」での出来事しか記録できませんでした。 しかし、私たちの学びの9割は、実は「教室の外(現場、読書、Web検索など)」で行われています(ロミンガーの法則)。
この「教室の外の学び」までを含めて、あらゆる学習体験(Experience)をデータ化するために生まれた次世代規格が、「xAPI(エックス・エーピーアイ)」です。 本記事では、xAPIの革新的な特徴やSCORMとの決定的な違い、そしてデータを蓄積する「LRS」という新しい箱について詳しく解説します。
1. xAPIをひとことで言うと?
xAPI(Experience API)とは、一言で言うと「あらゆる学習体験(Experience)を記録・共有・活用するための、次世代のeラーニング標準規格」のことです。
開発コードネームである「Tin Can API(ティン・キャン・エーピーアイ)」と呼ばれることもありますが、現在は「xAPI」が正式名称です。
従来のSCORMが「Aさんが、コースBを、修了した」という「結果」しか記録できなかったのに対し、xAPIは「Aさんが、動画Bの、3分15秒地点を、2回再生した」といった「プロセス(行動そのもの)」まで詳細に記録できるのが最大の特徴です。
【用語の要約】
- 目的:学習データのビッグデータ化、インフォーマルラーニング(非公式学習)の可視化
- 対象:LMS、学習アプリ、VR、シミュレータ、Webブラウザ
- 英語:Experience API (xAPI)
- 別名:Tin Can API
- 核心技術:「Actor(誰が)」「Verb(どうした)」「Object(何を)」という文法で記録する。
2. なぜSCORMではダメだったのか(xAPIの登場背景)
SCORMは2000年代初頭、まだ「PCで研修を受ける」ことが主流だった時代に作られました。しかし、スマホやタブレットが普及し、学習スタイルが多様化した現代では、以下の3つの限界が生じていました。
限界① 「LMSの中」しか見えない
SCORMは、LMSにログインして、その中で教材を開かないと記録されません。 「YouTubeで業務関連の動画を見た」「Kindleでビジネス書を読んだ」「外部の勉強会に参加した」といった、LMSの外側にある重要な学習活動は記録できず、評価にも反映されませんでした。
限界② 「オフライン」に弱い
SCORMは、学習中に常にサーバー(LMS)と通信し続ける必要があります。 トンネルの中や、電波の入らない工場・建設現場などで学習しようとすると、通信エラーで履歴が飛んでしまうことがありました。
限界③ 「結果」しか分からない
「テストに合格した」という事実は分かりますが、「合格するまでにどのページを何分見たか」「どの選択肢で迷ったか」といった詳細な行動ログは取れませんでした。これでは、教材の改善や、つまずきの原因分析ができません。
これら全ての壁を取り払ったのが、xAPIです。
3. xAPIの仕組み:「ステートメント」と「LRS」
xAPIを理解するための重要キーワードが2つあります。「ステートメント」と「LRS」です。
① 記録の言葉「ステートメント(Statement)」
xAPIでは、あらゆる行動を「主語+動詞+目的語」のシンプルな文章形式(JSON形式)で記録します。これをステートメントと呼びます。
- Actor(誰が):山田さんが
- Verb(どうした):再生した / 完了した / コメントした / いいねした
- Object(何を):動画「営業スキル初級」を / 記事「DXの基礎」を
さらに、「Result(結果)」「Context(文脈)」などを付加することで、「山田さんが、動画『営業スキル初級』の、3分地点を、一時停止した(スマホで)」といった詳細な記録が可能になります。
② データの貯蔵庫「LRS(Learning Record Store)」
SCORMのデータはLMSの中に保存されていましたが、xAPIのデータは「LRS(ラーニング・レコード・ストア)」という専用のデータベースに保存されます。
LRSは、LMSの一部として組み込まれている場合もあれば、独立して存在する場合もあります。 重要なのは、「いろんな場所(アプリ、Web、シミュレータ)から飛んでくるデータを、LRSが一元的に受け止める」という構造です。これにより、LMSを買い替えても、LRSにある過去の学習データはそのまま持ち運ぶことができます。
4. 具体的に何ができるようになる?(活用シーン)
xAPIを導入することで実現する「未来の教育管理」の例を挙げます。
シーン①:動画学習の「離脱ポイント」分析
SCORMでは「最後まで見たか」しか分かりませんでしたが、xAPIなら「全員が開始1分20秒で視聴をやめている」といったデータが取れます。 「ここがつまらないんだな」「難しすぎるんだな」と分析し、教材を改善(短く編集など)することができます。
シーン②:実地研修・シミュレータとの連携
例えば、航空機の操縦シミュレータや、医療現場のVRトレーニング。「レバーを操作した」「患部を確認した」といった操作ログをxAPIでLRSに送れば、座学のテスト結果と、実技の操作データを統合して評価できます。
シーン③:オフライン学習の同期
xAPIは、一時的に端末内にデータを保存し、電波が繋がった瞬間にまとめてLRSに送信することができます。 タブレットを持って電波の届かない地下倉庫で点検マニュアルを見ながら作業し、事務所に戻ってWi-Fiに繋がった瞬間に「学習完了」を送る、といった運用が可能になります。
シーン④:タレントマネジメント連携
「この社員は、会社が指定した研修以外に、自発的にこれだけの技術記事を読み、Githubで活動している」といった情報をxAPIで収集できれば、隠れたスキルや学習意欲を可視化し、適切な配置転換に活かせます。
5. xAPIに関するよくある質問(FAQ)
- Q1.今使っているLMSはxAPIに対応していますか?
- A.最新のLMSであれば対応しているものが多いですが、古いシステムだと未対応(SCORMのみ)の場合があります。ただし、LMS自体が対応していなくても、外部に「LRS」を立てて連携させることでxAPIを利用できるケースもあります。
- Q2.xAPI対応の教材はどうやって作るのですか?
- A.「Articulate」や「iSpring Suite」などの主要なオーサリングツールには、書き出し設定で「xAPI(Tin Can)」を選ぶ機能が付いています。これを使えば、SCORM教材を作るのと同じ感覚で作成できます。
- Q3.SCORMはもう古い? すぐにxAPIに移行すべき?
- A.いいえ、焦る必要はありません。一般的な「コンプライアンス研修(見て、テストして、終わり)」であれば、SCORM 1.2で十分です。xAPIは導入コストや設計の手間がかかるため、「どうしても動画の詳細分析がしたい」「LMS外の学びを取り込みたい」という明確な目的がある場合に導入を検討してください。
6. 成功のカギは「データ活用の設計」
xAPIを導入すると、膨大なデータ(ログ)が集まります。 「再生した」「止めた」「再開した」……1人の受講者から何千行ものデータが生まれます。
失敗するパターンは、「データを取るだけ取って、使い道がない(分析できない)」ことです。 「何のたまにデータを取るのか?」「そのデータから何を判断したいのか?」という学習分析(ラーニング・アナリティクス)の設計がなければ、xAPIは宝の持ち腐れになります。
クオークでは、
- LRSの構築・導入支援:貴社の環境に合わせたデータ基盤を作ります。
- xAPI対応教材の制作:詳細なログを取得できるリッチな教材を制作します。
- データ分析コンサルティング:集まったログを解析し、「教材の改善点」や「学習者の傾向」をレポートします。
「ただの受講履歴」を超えた、「行動変容の分析」に興味があるご担当者様は、ぜひご相談ください。
7. まとめ
- xAPIとは、LMSの内外を問わず、あらゆる学習体験(Experience)を記録する次世代規格。
- 「ステートメント(行動ログ)」を「LRS(データベース)」に貯める仕組み。
- 動画の詳細分析やオフライン学習、VR連携などに強みを発揮するが、データ活用の目的設計が不可欠。
▼ 次のアクション 「学習データの詳細分析を行いたい」「xAPI対応のLRSを導入したい」とお考えのご担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。
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