はじめに
「次の課長候補を探したいが、誰がどんなスキルを持っているか、現場の課長に聞かないと分からない」
「人事評価シートがExcelでバラバラに管理されており、過去の評価履歴を遡るだけで一日が終わる」
「人的資本情報の開示に向けて、女性管理職比率や研修受講時間を集計したいが、データが散在していて手が出ない」
これらは、従来型の「管理型人事」から、戦略的な「タレントマネジメント」へ移行しようとする企業が必ずぶつかる壁です。社員の顔と名前は一致していても、その中身(スキル、経験、キャリア志向、エンゲージメント)まで把握できている経営者や人事は稀です。
この「人材のブラックボックス化」を解消し、データを武器に経営戦略を実現するためのプラットフォームが、「タレントマネジメントシステム(TMS)」です。本記事では、TMSの定義や、よく混同されるLMS・人事給与システムとの違い、そして導入企業が陥りやすい「データの墓場」化を防ぐポイントについて解説します。
1.タレントマネジメントシステム(TMS)をひとことで言うと?
タレントマネジメントシステム(TMS)とは、一言で言うと「従業員一人ひとりの能力(スキル)・経験・評価などの情報を一元管理し、最適な配置や育成、離職防止につなげるための戦略的人事システム」のことです。
従来の「人事システム」が、給与計算や社会保険手続きといった「定型業務(守りの人事)」を効率化するものだったのに対し、TMSは「誰をリーダーにするか」「誰にどんなスキルを身につけさせるか」といった「経営判断(攻めの人事)」を支援するためのツールです。
「人材」を「タレント(才能)」と捉え、その才能を最大限に開花させるためのデータベースと言えます。
【用語の要約】
- 目的:最適配置、リーダー育成、離職防止、人的資本情報の可視化
- 対象:全従業員、経営層、人事部門、現場マネージャー
- 英語:Talent Management System
- 機能:人材データベース、スキル管理、人事評価、後継者計画(サクセッションプラン)、アンケート(サーベイ)
2.「人事システム(HRIS)」や「LMS」との決定的な違い
人事担当者を最も悩ませるのが、システムの使い分けです。大きく分けて、企業の人事システムには「3つの柱」があります。それぞれの守備範囲を理解することが重要です。
①人事給与・労務システム(HRIS)=「守り」
- 役割:「管理・手続き」
- 扱うデータ:住所、家族構成、給与口座、勤怠、社会保険番号など。
- 特徴:「間違ってはいけない静的なデータ」を扱います。法律(労基法など)が変わらない限り、頻繁な変更はありません。
- 例:SmartHR、奉行シリーズなど。
②LMS(学習管理システム)=「育成」
- 役割:「教育・トレーニング」
- 扱うデータ:eラーニング受講履歴、テスト点数、資格取得状況。
- 特徴:「何を学んだか」を記録します。スキルギャップを埋めるための「手段」を提供する場所です。
- 例:etudes、Qualif(クオリフ)など。
③タレントマネジメントシステム(TMS)=「攻め」
- 役割:「活用・戦略」
- 扱うデータ:保有スキル、過去の評価、キャリア希望、性格診断、エンゲージメントスコア。
- 特徴:「その人に何ができるか(能力)」や「どうなりたいか(意欲)」という、変化しやすい動的なデータを扱います。これらを分析して、①の配置や②の教育につなげます。
- 例:カオナビ、タレントパレットなど。
結論:給与計算ならHRIS、研修ならLMS、異動配置や評価ならTMSが必要です。これらは競合するものではなく、連携して補完し合うものです。
3.なぜ今、TMSの導入が広がっているのか
TMS市場は年々拡大していますが、その背景には日本企業の構造変化があります。
①「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への移行
従来の「人に仕事を割り当てる(メンバーシップ型)」では、社員のスキルを細かく知る必要はありませんでした。しかし、「仕事に人を割り当てる(ジョブ型)」に移行するには、「誰がそのジョブに必要なスキルを持っているか」を検索できなければなりません。Excelでの管理は限界に達しています。
②人的資本情報の開示義務化(ISO30414)
上場企業に対し、人材育成方針や社内環境整備方針の開示が義務化されました。「当社の後継者計画のカバー率は〇〇%です」「従業員エンゲージメントは〇〇ポイント向上しました」と数字で説明するためには、TMSによるデータの蓄積と可視化が不可欠です。
③優秀人材のリテンション(離職防止)
「自分のキャリアが見えない」「正当に評価されていない」と感じた優秀な人材はすぐに辞めてしまいます。TMSで「キャリアの希望」や「1on1の記録」を蓄積し、個人の志向に合わせたフォローを行うことで、離職を食い止める(リテンションマネジメント)必要があります。
4.TMSの主要機能と活用シーン
具体的にTMSを使って何ができるのでしょうか。代表的な3つの活用シーンを紹介します。
シーンA:人事評価のWeb化と効率化
Excelの評価シートを配り、回収し、集計する……この膨大な事務作業をゼロにします。Web上で目標設定から評価入力、承認まで完結できるため、進捗が一目瞭然になります。また、過去の評価履歴をボタン一つで参照できるため、評価者が変わっても納得感のある評価が可能になります。
シーンB:スキル管理と「埋もれた人材」の発掘
「TOEIC800点以上」かつ「プロジェクトマネジメント経験あり」かつ「海外赴任希望」の人材を検索する。このようなクロス検索が瞬時にできます。「優秀なのに評価されていない人」や「特定のスキルを持つ希少人材」を見つけ出し、新規プロジェクトに抜擢する「戦略的人事異動」が可能になります。
シーンC:サクセッションプラン(後継者育成)
「次の部長候補は誰か?」を可視化するために、「9ボックス(ナインボックス)」という分析手法がよく使われます。縦軸に「能力(パフォーマンス)」、横軸に「将来性(ポテンシャル)」を取り、社員を9つの象限にプロットします。「現在は成果が出ていないが、ポテンシャルは高い(原石)」を見つけ出し、集中的に投資するといった判断に使います。
5.TMS導入の最大の敵:「データが入力されない問題」
「高いシステムを入れたのに、誰も使っていない」「データが古くて役に立たない」これがTMS導入の失敗パターンとして最も多い「データの墓場化」です。
なぜこうなるのでしょうか?理由はシンプルで、「現場の社員に入力するメリットがないから」です。「スキル情報を更新してください」と人事から言われても、現場は「忙しいのに面倒だ」「入力しても給料が上がるわけじゃない」と感じます。
対策:データを自動で集めるエコシステムを作る
社員の手入力に頼るのは限界があります。
- LMSと連携する:eラーニングで新しい講座を修了したら、自動的にTMSのスキル情報が更新されるようにする。
- 1on1と連携する:日々の1on1のログをTMSに残すことをルール化する。
- メリットを提示する:「スキル情報を入力すると、希望するプロジェクトにアサインされやすくなる」という成功事例を作る。
6.TMSに関するよくある質問(FAQ)
- Q1.LMS機能がついているTMSもありますが、それで十分ですか?
- A.簡易的な動画配信なら十分ですが、本格的な教育には不向きな場合があります。例えば「SCORM教材が動かない」「テストの設問分析ができない」「社外の教育機関と連携できない」といった制約があることが多いです。教育に力を入れるなら、「餅は餅屋」で専用のLMSと連携させるのがベストです。
- A.簡易的な動画配信なら十分ですが、本格的な教育には不向きな場合があります。例えば「SCORM教材が動かない」「テストの設問分析ができない」「社外の教育機関と連携できない」といった制約があることが多いです。教育に力を入れるなら、「餅は餅屋」で専用のLMSと連携させるのがベストです。
- Q2.中小企業でもTMSは必要ですか?
- A.社員の顔と名前、スキルが経営者の頭の中にすべて入っている規模(〜50名程度)なら不要です。しかし、100名を超え、支店や部署が分かれ始めると、「誰が何をしているか分からない」状態になるため、導入のメリットが出てきます。
- A.社員の顔と名前、スキルが経営者の頭の中にすべて入っている規模(〜50名程度)なら不要です。しかし、100名を超え、支店や部署が分かれ始めると、「誰が何をしているか分からない」状態になるため、導入のメリットが出てきます。
- Q3.導入にかかる期間は?
- A.単にシステムを入れるだけなら1ヶ月ですが、「どのような評価制度にするか」「スキル項目をどう定義するか」という制度設計に時間がかかります。半年〜1年程度を見込んでおくのが一般的です。
7.成功のカギは「LMS」との相互連携
TMSは「現状(Asis)」を可視化するツールです。「この社員にはデジタルスキルが足りない」と分かったとしましょう。しかし、TMS自体には、そのスキルを身につけさせる機能はありません。
ここで必要になるのがLMS(学習管理システム)です。
- TMSで診断:「Aさんはデータ分析力が不足している」と判明。
- LMSで処方:Aさんに「データ分析入門講座」を自動でレコメンド(配信)。
- 再びTMSへ:受講完了データがTMSに戻り、スキル情報がアップデートされる。
この「診断(TMS)と処方(LMS)のサイクル」を回すことではじめて、人材は成長します。
クオークでは、TMSを導入済みの企業様に対して、「そのデータをどう教育に活かすか」という観点から、LMSの連携導入や、スキルギャップを埋めるための教材制作を支援しています。「分析して終わり」にしない、実効性のあるタレントマネジメントを実現します。
8.まとめ
- TMSとは、人材のスキルや評価を一元管理し、最適配置や育成に活かす戦略システム(攻めの人事)。
- 「給与計算(HRIS)」や「研修(LMS)」とは役割が異なり、3つを連携させることが重要。
- 成功のカギは、社員に手入力させすぎず、LMSなどから自動でデータが集まる仕組みを作ること。
▼次のアクション「TMSとLMSを連携させて、研修履歴をスキル管理に活かしたい」「効果的なスキル定義を行いたい」とお考えのご担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。



